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教室

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 9月 1日(月)23時31分8秒
返信・引用 編集済
   そうなんですよね。岡田さんは不思議なお話をどんどんかける現代の語り部のような方ですね。それぞれのお話もとてもすばらしいですしね。

 岡田さんはよく教室ものを書いていますが、教室ものと言えばこの作品をテレビドラマ化して欲しいのです。大石真の「教室二○五号」(1969)です。これは以前にも書きましたがご容赦ください。

 5時間目体育の時間になり、高山友一は用具を用具庫で準備していた。そこへ田口健治がやってきていきなり邪魔をし始めた。健治は、3時間目の算数の時間に問題の答えを友一に聞いたが教えることを拒まれたことを根に持っていたのだ。健治に不自由な足の悪口を言われて友一は泣き出してしまった。授業が始まっても友一は暗い用具庫の中でずっと泣いていたが、しだいに用具庫の中のものに興味をひかれ始めた。そして床の板が一枚はずれているのに気がついた。おどろいたことにその下に階段がありその奥に戦時中の防空壕が残っていたのだ。さらにおどろいたことに、そこには2年生の吉川明という子がいたのだ。その子は友一のクラスで不良と呼ばれる滝洋太と親しいという。友一・明・洋太・健治の4人は防空壕を「教室二○五号」と名づけ、友情をはぐくんで行くが・・・・

 多くの社会問題を抱えた1960年代を懸命にきる少年たちを描いた作品です。映画にもなりました。残念なことに受験戦争・交通問題・ニグレクト・青少年の家出などの当時の社会問題は過去のものではありません。それだけに今の時代設定でテレビドラマ化して欲しい作品です。

 吉川明は途中で交通事故のため絶命してしまうのです。明がひとなつっこくて純真な子だけに悲しいです。その当時作者がそこまでのシチュエーションを設定してまで訴えたい過酷な現実があったのでしょうけど、テレビドラマ化するならそれだけはどうにかねえ・・・と思ってしまうんですよ。

 悲しい話ですが説得力があります。

  友一はどこからか、明の声がきこえたような気がした。
  「雨がふっても、はれているものなあに。おにいちゃんわかる?」
  友一は目じりが熱くなった。

  明日
 

読み終えました

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 9月 1日(月)20時55分9秒
返信・引用
  岡田氏はこのような「お話の花束」を上手ですね。私は菜の花の精が握った手の中から春を出す話が良かったです。最後の終わり方も寂しくなくて良かったです。心地よい読後感ですよ。この作者は優しい人だなあ。  

初期の傑作

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月31日(日)12時50分40秒
返信・引用 編集済
  「放課後の時間割」ですか。今ここに文庫版があります。岡田作品の初期の傑作ですよね。
この作品もテレビドラマ向きですよね。毎回毎回ちがった子どもたちを登場させて連続テレビドラマにしたらおもしろいと思いますね。

 「雨やどり・・・」が子供の視点からそれぞれの話が語られるのに対し、「放課後の時間割」は大人の視点がありますね。テレビドラマ化するなら毎回登場する子たちを見守る大人の視点を生かせそうですね。

 「放課後の時間割」がテレビドラマ化されたらぼくは一生懸命見るし録画もしますよ。
もしぼくが小学生で原作を知っていたらやはり見るし録画しますよ。

 そういえば、「少年ドラマ」のころぼくの家にはビデオデッキがなかったから急いで帰ってきたりしましたね。それでも「明日への追跡」は一話もかけることなく見ましたよ。

 明日
 

放課後の時間割を

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月31日(日)12時09分51秒
返信・引用
  読んでいます。図工の先生に「最後の学校ねずみ」が死んだ仲間に託された「お話」を語り聞かせるという形式で話が展開されます。追ター様はお読みになっていると思いますがこれも面白そうです。  

子供たちへの

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月28日(木)22時50分17秒
返信・引用 編集済
  よろこんでいただけてくれしいです。

「雨やどりはすべり台の下で」「ようこそ、おまけの時間に」は岡田作品の中でも特にぼくの好きな作品です。

 なぜぼくが岡田作品が好きかというと、そこに子供たちへの愛情を感じるからなのです。子供の本を読んでいると、「ああ、この作者は子供がきらいなんだなあ」って感じる時もあります。それだとがっかりしてしまいますね。岡田作品は逆で、「ああ、岡田さんは子供が好きなんだなあ」っていつも思いますね。だからよんでいても楽しいんですよ。


あと、岡田作品で特におすすめは「学校ウサギをつかまえろ」「びりっかすの神さま」「ポアンアンのにおい」の3作です。映像化するならなんといっても「学校ウサギをつかまえろ」です。「ポアンアンのにおい」もいいです。両方とも2時間ドラマぐらいかな。

 明日
 

読み終えました

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月28日(木)22時05分54秒
返信・引用
  普通の異次元物は向こうの世界では、いやというほど孤独を味わうものですが、この物語では自分たちの行ないでどんどん仲間が増えていくというのが良いです。これも暖かい気持ちになれる、心地よい読後感がのこる佳作ですね。良い本を紹介していただきうれしいです。光瀬龍氏の緊張感あふれるジュブナイルも良いですが、このようなほのぼのとした作品もとても良いものです。読んでない方は是非どうぞ。  

またまた、そちらに

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月28日(木)19時43分52秒
返信・引用
  「ようこそ、おまけの時間」今読んでいます。読み終えたら感想を書きますね。またこの作家の他の作品も少し借りてきました。楽しみです。  

ようこそ、こちらへ・・・

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月27日(水)20時45分15秒
返信・引用 編集済
   「雨やどりはすべり台の下で」を読んでいただけたのですね。うれしいです。

 ぼくも雨森さんは魔法使いだと思いますね。その秘密を余韻として残していることがこの作品が傑作である所以ですよね。

 岡田作品には現代の子供たちを描いたすばらしい作品が数多くあります。今日はその中でもうひとつテレビドラマ向きだと思うものを紹介しましょう。「ようこそ、おまけの時間に」(1981年)です。

 6年生の松本賢は最近、教室で不思議な体験をするようになった。毎日12時のサイレンが鳴ると、自分が霧に包まれて茨に囲まれているのだ。しかし、一瞬でもとに戻ってしまう。何回かその不思議な体験をしていくうちに賢はさらにおどろいた。クラスのみんなも茨の中にいたのだ。次第にみんなは一瞬の「おまけの時間」の存在に気がついて行く
・・・

 これは言って見れば異世界ものなのですが、異世界と現実を行ったり来たりしながら次第に話が大きく広がっていく構成が連続テレビドラマ向きだと思うのです。最初はクラスのみんなに軽く見られ、笑いものにされたりしていた主人公がだんだん友達の輪を広げていく展開も少年少女向けのドラマにはふさわしいでしょうね。わくわくしながら次回を期待できそうです。

 明日
 

雨やどりはすべり台の下で

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月27日(水)18時36分21秒
返信・引用
  を読みました。一気に読めました。やさしい気持ちになれるお話ですねえ。とても気に入りました。私としては海でボートに乗る話が一番良かったです。確かに一話ずつ毎週放映したらうまく収まりますね。なんとなく風の又三郎の感じに似ていますね。さて雨森さんは本当に魔法を使えるのでしょうか?使えそうな気がします。  

風の中の子供再び

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月25日(月)23時33分26秒
返信・引用 編集済
   またリメイクの希望なのですが、昭和49年に少年ドラマになった「風の中の子供」をぜひリメイクして欲しいのです。

 企業内の争いのために父親は警察に連行され家に戻れず、善太・三平の兄弟は離れ離れになります。その中で彼らが子供の心で感じていたものは・・・・

 これは戦前の作品なのでできれば平成の時代設定でリメイクして欲しいですね。平成の今でも、善太三平兄弟の経験したことは過去のことではないはずです。親族に引き取られた三平を心配する弟思いの善太と逆境に一向にへこたれず川で大冒険をやったりする三平の子供らしさも同じです。平成の時代の「風」の中を生きる子供たちの群像を描く「風の中の子供」を描いて欲しいですね。

  「三平ちゃん何が一番欲しい?」
  「ごはん!」
  「ばかっ! ごはんなんかだめだい!」

   明日
 

暁はただ銀色について

 投稿者:暁の予感  投稿日:2008年 8月25日(月)13時55分10秒
返信・引用
  はじめまして暁の予感です。

ときどきこの掲示板は、見ていましたが、
やっと、「暁はただ銀色」のことが
それも音源を持っている方がいらっしゃるとか…。
ストーリーもリカもケンも大好きだった
もう二度と会えないと思っていた
あのドラマが、音として残っている
それだけで本当にうれしくて…。

tomiさん

聴くことは、可能でしょうか?
tomiさんと同じく
私も、この作品が当時から一番のお気に入りでした。
 

少年と童子

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月24日(日)16時22分19秒
返信・引用 編集済
   銀二さんへ

 「ユタとふしぎな仲間たち」はとてもすばらしい作品ですね。追ターは原作は読みましたし少年ドラマも見ました。何度も舞台劇になっているけれど、追ターも複数回舞台劇を見たことがあります。

 「ユタと不思議な仲間たち」では、座敷童子は、封建時代に飢饉のために間引きにあった赤ん坊たちが人知を超えた存在として現世に留まっているという解釈がなされていましたが、それは伝承にのっとった正統派な解釈だと言えますね。

 父親を失った主人公のユタが緑豊かな地方でたくましく成長する姿を、悲しい運命を背負った座敷童子たちが大人として見守っていましたよね。そしてユタが中学生になり大人の仲間入りをしたところで彼らは去っていった・・

 今リメイクするならどういうふうになるでしょうか? 今は、「ユタとふしぎな仲間たち」の時代の1970年代初頭より孤独に悩む子供たちはずっと増えているでしょうから、孤独な少年と悲しい運命を背負った座敷童子の物語は共感を呼ぶと思います。リメイクするなら平成の今の時代設定で制作して欲しいですね。悩んでいる今の子供たちへの話として。

 「あなたの町」なんですが、追ターは少年ドラマを見たことがありません。少年ドラマにはめずらしくシュールな話ですね。ぜひリメイクして欲しいです。

「ここがあなたの町なんです。だからどんなことがあっても帰すわけには行きませんの」

 明日
 

リメイクするなら

 投稿者:銀二  投稿日:2008年 8月24日(日)14時18分24秒
返信・引用
  ご無沙汰してます。
少年ドラマのリメイクには大賛成です。
21世紀ならではの解釈や味付けがなされることでしょう。
岡田淳作品は読んでいないのですが「雨やどりはすべり台の下で」は面白そうですね。

特にリメイクしてほしいと思う作品がふたつあります。
ひとつめは「ユタとふしぎな仲間たち」です。
子供だったこともあって、このドラマのいわんとしていることが、当時はさっぱりわかりませんでした。
後に劇団四季のミュージカルを観て、素晴らしいストーリーだとわかりました。
三浦哲郎の原作を読んでいないので、偉そうな事はいえませんが、ああいうふうにリメイクすれば、大人の心にも子供の心にも響く作品になると思います。

もうひとつは「あなたの町」。
橋を渡って隣りの町に行こうとする主人公が、それを阻止しようとする人たちに取り囲まれて「(隣りの町ではなく、この町で)幸せになってもらいましょう」と口々にいわれるシーンが今も忘れられません。
当時は奇妙な感じにぞ〜〜〜っとしたものですが、今考えるとギャグだったのかなあと思えるふしもあります(真相はいかに?)。
市町村合併が進む現在の日本では、昨日まで隣り町だった場所が、今日は自分の町ということも珍しくありません。
それこそあのドラマの最終回そのものですよね。
 

推薦岡田作品

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月23日(土)22時10分46秒
返信・引用 編集済
  追ターはかつての少年ドラマの作品群がリメイクされるのを願っていますが、新しくドラマ化するならこの方をぜひ推薦したいという作家さんがいます。それは岡田淳さんです。

 岡田淳さんは国内での児童文学ファンタジーの第一人者であり、多くの作品を世に送ってきました。岡田さんの作品でもし何回かの連続テレビドラマにするならこれこそは、という作品があるのです。それは「雨やどりはすべり台の下で」(1983年)です。

 夏休みのある日、一郎たちは同じマンションに住んでいる子供たちで集まって三角ベースをしていた。9人のメンバーはみんな学年や性別がばらばらだった。そばをマンションの管理人の雨森さんが通り過ぎると、突然雨が降り出した。みんなはあわててすべり台の下へ隠れた。雨を見ながら一郎が言った。「雨森さんは魔法使いだよ」それに続いて子供たちはひとりひとり雨森さんの話を始めた・・・

 子供たちがひとりひとり管理人の雨森さんの話を交代でしていく構成がテレビドラマ向きですし、そしてそれぞれの話の内容がじつに奇想天外でおもしろいのです。見ているほうも、「明日はどんな話なの?」と期待できそうです。

 原作を読んでいてもとても面白いですよ。

 明日
 

こちらも訂正です。

 投稿者:鴨志田智啓  投稿日:2008年 8月21日(木)22時59分15秒
返信・引用
  明日への追ターさん
『ママの卒業式』『困ったなあ』の主演は、平松愛理子さんではなくて平松里枝子さんですね。とてもかわいい子だなという印象があります。当時の出演者は、私とほぼ同世代の人たちばかりでしたので、親近感がわいていました。
 それから、「未来からの挑戦」の楠本和美役の小山セリノさんのお母さんは、丹下キヨ子さんです。

 戦争の問題、追ターさんのいうとおりです。世界での戦争を見ていると武力で相手を黙らせるというのは、限界があるということをみんなに教えているのに、それがわからない人たちがたくさんいるのには、驚かされます。理由としては「最後まで決着をつけようぜ」というのが理由らしいのですがその先にあるのは、「人類の滅亡」という感じがするのですがいいスギでしょうか。

 tomiさん、はじめまして「暁はただ銀色」の録音を残されていたのですね。それはすごいです。こうして記録が残され公開されることが、記憶だけだなく、より正確に伝わることになります。今後も楽しみです。
 

発展の影で

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月21日(木)21時27分45秒
返信・引用 編集済
   鴨志田さん、申し訳ありません。たしかに英光塾でした。追ターは英光塾で国語の授業を受けたほうがよいかもしれません・・・

 「ママの卒業式」なんですけど、主人公の少女のお母さん役が「魔法使いサリー」の平井道子さんだったんですよね。若くして亡くなられたのが本当に残念です。

「未来からの挑戦」も「ママの卒業式」も戦争を扱っていますよね。思い出して見ると、両作品が放映されていた昭和50年代初頭は戦後30年を経過しているにもかかわらず、戦争の影が色濃く残っていました。ぼくたちはおりにふれて戦争の悲惨さを教わり、実体験のように戦争体験にふれてきました。

 平成になって戦争の影が急に薄くなったような気がします。若い人たちと接していると、第二次世界大戦の悲劇はだんだん歴史の中の一こまでしかなくなってきているような気がするのです。そういう中で「未来からの挑戦」や「ママの卒業式」を若い人たちの実体験としてリメイクする必要があるんじゃないかなって思うんです。登場人物たちが平成の小中学生でタイムスリップをしたり、おばあさんの戦争体験を聞いたりするという設定でね。

 「少年ドラマ」は視聴者を十分楽しませて、その中で考えることを教えれくれました。平成の今でも、いや今だからこそそれがまた必要なのではないかって思うんです。

 明日
 

こぶさたしています。未来からの挑戦等々

 投稿者:鴨志田智啓  投稿日:2008年 8月21日(木)00時02分9秒
返信・引用 編集済
  明日への追ターさんをはじめ皆さん大変ご無沙汰しています。鴨志田です。

8月2・3日の書き込みで、未来からの挑戦・ママの卒業式の話題が出でいました。

「未来からの挑戦」で戦時中にタイムリープします。
 熊谷俊哉演じる飛鳥のこのセリが印象に残っています。

 飛鳥・・・ぽくは、この時代にあこがれていたんだ。
 関・・・どうしてこの時代にあこがれるんだ。
 少女がこのようなセリフをはきます。
  「この時代なんてとても息苦しくて生きていけない時代なのになんてあこがれるの」
  と怪訝な表情をします。

 事実、関たちはこの時代に迷い込んだ時に、この時代の服装と違うなと当時の中学生に囲まれ、『もうちょっと揉んでやれ』といわれて柔道でコテンパンに揉まれてしまうのですが、何とか逃げることが出来ましてその少女の元にかくまわれます。

 その後、彼女が関たちを逃がそうと、ニセの空襲警報を鳴らし注意をそらそうとしたら、本当に空襲警報がなり、爆撃がはじまり、この爆撃で少女が負傷します。
 関たちが病院に少女を担ぎ込みます。
 その医師が次のようなセリフをいいます。
 「この中にB型の血液型はいないか」
 関・・ぽくはわからないな
 医師・・・ばかもん、自分血液型も知らないとはどういうことだ
 飛鳥・・・ぼくの血液型はB型です。ぼくから取ってください
 医師・・・よしわかったといって、太い注射から飛鳥の血液を採りそれを少女に輸血しま      す。
 少女は・・飛鳥の輸血に感謝しつつも、傷が深かったためか、この言葉を残して亡くなり      ます。「もう戦争の無い、自由な暮らしに戻りたい」
 関は泣きながら、飛鳥に食って掛かります。
 関・・・「お前たちのあこがれている文明とはこいうものなのか」
 飛鳥・・・「いや違う、ぼくたちはもっと高度な文明のはずだ」
 飛鳥の目的は、未来人が堕落しているのは、関たちが生きている時代がよくないからだということで、過去を変えるために未来からやってきたというのが理由でした。
 しかし、飛鳥はこの戦時中の時代をみるにあたりその考えを変えていきます。過去を変えるのではなく、今生きている時代を変えていくことが大切なんだということを感じます。

 この時医師役を演じていたのは、「巨人の星」の星一徹の声をやっていました。加藤精三さんです。

 そして、飛鳥と関が昭和の時代戻る時に、公園のブランコを探して、町の人に尋ねたら

 「ブランコは供出してないと」答えると、関が「これだから日本は負けるんだ」といったら、町の人は、「何日本は負けるだと」といって、こいつら非国民だ捕まえろということになり、関と飛鳥は窮地に追い込まれます。たまたま、材木屋に縄があったため、大きな木に括り付けタイムリープして、昭和に戻ってきます。

 最終回ですが、一ヵ月後飛鳥にあうために、関は英光塾の廃墟に向かいます。そこで穴に落ちて、戦時中の時代、少女と語り合った防空壕のあった場所にもとってきます。
 関がこういうセリフをはきます。「ぼくは、飛鳥の声が聞こえたような気がした」
 飛鳥「関・・・驚かせてごめん、少女と楽しい思い出を語ったこの防空壕が一番よいだろうと思ってここにつれてきたんだ。ぼくは今無事だ何とか元気でやっている。今の生きている時代を変える事は中々難しいが何とか変えていくように努力するよ」そこには、飛鳥が大事にしていたペンダントがあり、「それを君にあげるよ」といって、関は再び昭和に戻り「ぼくは、飛鳥が必ず未来を変えることを成功することを祈りながら」ナレーションを残しながら、英光塾の廃墟を去っていきます。
 追ターさん・・・栄光塾は原作ではこうなのかもしれませんが、テレビでは英光塾となっていました。

 それから、「ママの卒業式」ですが、主演を演じていたのは、「困ったなあ」の平松愛理子さんで、ママを演じていたのは、魔法使いサリーの声をやっていました平井道子さんです。ママの卒業証書を受け取ることなく、生きていたのですが、その卒業証書がみつかり、ママも戦後30年以上たってようやくもらえることが出来ました。この作品は昭和20(1945)年3月10日の東京大空襲のことを描写していました。東京大空襲の悲劇はこの時疎開先から、一時帰宅していた小学校6年の卒業生たちが、卒業証書を受取に東京にもとってきていた直後であったため、その被害が大きくなっていた一面もありました。この作品を見ていかに戦争がおろかなものであるのかということを改めて認識した作品でもありました。
 この少年ドラマは、当時有名なアニメの声優さんはどういう素顔の人なのかというのも見られるという、一挙両得的な面もあったようです。

 それから、御礼が遅くなりましてすみません。先日の「ぼくがぼくであること」の原作者の山中恒先生の講演会は盛会のうちに終了しました。子供たちに表彰されるということはめったに無いことです。といわれて上機嫌になられ、後で自筆御礼の手紙をいただきました。
 またアンケートにも「ぼくがぼくであること」のことを書かれた方がいたということを担当者の方から伺い、この掲示板を見ていらした方もおられて、この掲示板に書いて本当によかったなと思いました。
 本当に御礼が遅くなりまして申しわけございませんでしたが、本当にありがとうございました。
 

前にも書いたけれど・・・

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月20日(水)21時40分18秒
返信・引用 編集済
   数年前同じことを書きましたがご容赦ください。

 ジュブナイルSFは結局すべてが夢なんですよね。

 すてきな異性の友人がいて主人公は楽しさいっぱいの学園生活を送っている。その中で超常現象が起きるけれど、異性の友人とともに闘いやがてすべてはもとに戻る。ジュブナイルSFは基本線でこのパターンですよね。(あくまでも基本線ですよ)

 読者・視聴者にとってはすてきな異性の友人・夢いっぱいの学園生活・そして超常現象はすべてが夢なんですよ。たとえ部分的に実現していても。だからジュブナイルSFは人気があるんです。昭和40年代の学園ブームもそれを後押ししましたよね。

 今の中学生が「暁は・・・」や「明日への追跡」などを読んだらどういうふうに感じるのでしょうかね。感想を聞いてみたいですね。古いと言われそうですが・・・

 明日

 参考までに追ターは中学生のころ、「明日への追跡」の原作を読んでこう思いました。

「落合基たちは中間テストをやる教科がぼくらよりずっと多くて大変そうだなあ・・・」
 

叙情性ですねやはり

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月20日(水)20時29分12秒
返信・引用
  その通りだと思います。そのような青春の華やいだ気持ちに感情移入できるので、一層物語が引き立ちますね。ただこれはこの作品だけではなく、ジュブナイル小説には多かれ少なかれありますね。時をかける少女はストレートですが、夕映え作戦、もちろん明日への追跡もです。主人公は必ずといっていいほど仲の良い異性の友達を持ち、協力してことに当たっていますから。実際の中学生はそんなに恵まれてはいないでしょうから、これも「自分に代わって主人公にやってもらっている」のかもしれません。  

叙情性

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月19日(火)12時06分1秒
返信・引用 編集済
  「暁はだた銀色」の魅力は叙情性にあるんですよね。健の美少女理香への想いがあるために甘酸っぱい叙情が一貫して作品を流れているんですよ。「明日への追跡」は言ってみれば落合基と竹下清治の男同士の物語なのでああいうふうにはなれないんですよ。健は理香にあこがれている、しかしその想いは決して届くことがない。理香も健もそのことを十分わかってはいるけれど・・・ここなんですよ。

 映像は残っているでしょうか? 同じSFものでも「なぞの転校生」はホームビデオで録画した方がいたけれど、そこに大きな時代の隔たりがあるのですよ・・・・

 日本国内で家庭用ホームビデオが一般化し始めたのは昭和50年からで「暁はただ銀色」の本放映時の昭和48年はまだ家庭で手軽にホームビデオを扱える状況ではなかったのです。この差は大きいですよ。それでも映像が残っていればいいですね。

 明日

 「暁はただ銀色」の宮野理香を演じたテレサ野田さんは「タイム・トラベラー」の柳沢由美、「未来からの挑戦」の田中レイコを演じられていました。少年ドラマのSFものにはなくてはならない方だったのですね。
 

原作を読まれたのですね

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月19日(火)10時36分57秒
返信・引用
  なかなか良いでしょう?理香ちゃんは素敵だし、最後の方まで味方か敵かわからないところなんかも「明日への追跡」を思わせます。
 ただ、道具立てのスケールが大きいのでテレビドラマとしてはそのまま作りにくかったのかとも考えられます。先に書きましたように、人間が次々に焼け焦げて縮んでいくシーンなども問題があったでしょう。さらに空から殺虫剤を散布するなど、公害論議が盛んだった当時としてはまずかったのかもしれません。tomi様の書きこみ(ここまで細かくなくてもいいですよ)でドラマの様子が良くわかります。ドラマ向きに上手に整理されているように感じます。このあとどうなるのでしょうか?見てみたいですが・・・映像は無いようですね。
 

原作読みました。

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月17日(日)13時18分58秒
返信・引用 編集済
   「暁はただ銀色」の原作を読みました。未知への恐怖と叙情性が同居していて、最近はああいった作品があまりあるようには思えず、新鮮な印象を受けました。

 たしかに人知を超えた戦いの場面などで「明日への追跡」に似ているところがありますね。特に部屋の中で音もなく宮野理香が現れて、持っているものをちょうだいと健に迫るところはもろに「明日への追跡」ですよね。笑ってしまいました。それから、異星から来た存在が美少女の姿をしているのは、「よーすけとはな」だなって思いました。

 追ターは少年ドラマの「暁はただ銀色」を見たことがありません。公害問題を取り入れたというのがいかにも昭和40年代後半ですよね。その当時、追ターは小学校の低学年でしたけどテレビドラマなどで頻繁にあの問題が取り上げられていたのを覚えています。

 原作とドラマではだいぶちがうようですね。それだけに興味がわきます。ぜひ少年ドラマの「暁はただ銀色」を見たいです。

 明日
 

Re: 暁はただ銀色の

 投稿者:tomi  投稿日:2008年 8月17日(日)11時02分5秒
返信・引用
  > No.1088[元記事へ]

CAMさんへのお返事です。

> 先走りしてすいませんが、原作では多くの人々が無残に焼け死んでいきますが、TVでそのような場面はありますか?無いならば、それが改作の大きな原因なのかもしれません。
TVではその様なシーンはありません。

続きを書きます
4日目
・緑川先生がリカの件で、友人のヤベ先生(大学の研究室、精神科医?)に相談に行く。ヤベ先生は「予言なんてあり得ない」と否定するが、似たような事件の論文を思い出す。
・緑川先生が大学から中学に戻ると、リカが火事の件で刑事(脇田警部)に取り調べを受けている件を同僚から聞き、取り調べを受けている教室に向かう。
・取り調べが終わり、ケン達がリカを待っている。
・リカは「火事を予言したんじゃない。もっと恐ろしいことが怒る。」と言い、火事の焼け跡には、近づかないように警告する。
・リカは叔父の宮野と話をし、ある決心をして焼け跡の屋敷に入る。その時に、3人の消防士も後から入ってきて、爆発が起こる。

5日目
・リカが収容された病院に、緑川先生をはじめケン達が集まる。
・叔父の宮野に連絡が取れない。ケンは不審に思い叔父の勤め先に行くが、「そんな人はいない」と言われる・
一方
・刑事は爆発現場に行くが、爆発物の痕跡がないことに疑問をいだく。
・緑川先生は、やべ先生を訪問し再び相談をする。その際に似たような事件の論文を緑川先生について見せる。
・論文は、火事を予言→周囲に信じてもらえない(非難される)→火事が実際に起きる→予言した人物が消えた。と書いてある。
・ケンが叔父の勤め先調査から帰ると、他のメンバーはケンの自宅に集合し、事件の件を話をしている。
(ケンの母親がケンを心配し、「ここはリカ事件の本部じゃない!」とヒステリックに叫ぶ)
・ケンが病室でリカに付き添っているとリカが目を覚まし、ケンの呼びかけには答えずに無表情なままケンの横を通り過ぎ、壁に吸い込まれるように消え、続いて3人の消防士も壁に消える。
 *この場面:ケンがリカに対する呼びかけは、支離滅裂であった。
・刑事や緑川先生が病院に駆けつけ、リカが消えた件で騒動が起こる。ケンは刑事に「リカを手引きして逃がした。」と決めつけるが、3人の消防士も消える理由がないため、各自が堂々巡りの論議を続けるので、刑事が「静かにしなさい。」と叫ぶ。

6日目
後日とします。
 

Re: 暁はただ銀色の

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月 8日(金)07時47分44秒
返信・引用
  > No.1087[元記事へ]

tomiさんへのお返事です。

> その通りです。
> 当時はオープンリールデッキでの録音です。

  ・・・・私も最初のデッキはオープンでした。マイクロフォンでTVの音を録音したことがありました。

> 以上の様な下手な粗筋説明ですが、ご興味があるでしょうか・・・。

  ・・・・もちろん興味深々です。原作との相違が微妙ですが、まだあまり違わない感じです。早くも「暁はただ銀色」という題名の理由が出てくるところなどは原作より親切な感じです。

先走りしてすいませんが、原作では多くの人々が無残に焼け死んでいきますが、TVでそのような場面はありますか?無いならば、それが改作の大きな原因なのかもしれません。
 

Re: 暁はただ銀色の

 投稿者:tomi  投稿日:2008年 8月 8日(金)01時38分38秒
返信・引用
  > No.1086[元記事へ]

CAMさんへのお返事です。

> 音源をお持ちということは、放映されたときTVから録音されたということですね。
その通りです。
当時はオープンリールデッキでの録音です。

>tomi様は本当にお好きなのですね。
理由の説明は難しいですが、何故か好きですね。

>放送されたもののあらすじだけでも知りたいものです。かなり違うようですね。
登場人物(抜粋)
宮野りか(千葉ようこ):MN78星から150年前にやってきた少女()
宮野ぎいちろう(及川善吉):MN78星から使命を受け、315年前に地球にやってきた
石原ケン:写真部に入っており、リカの同級生(小説より秀才ではない)
ゆうさく:ケンの幼なじみの同級生、お調子者
えみ  :ケンの幼なじみの同級生、新聞部に入っている
緑川先生:ケンの担任の先生で、写真部の顧問。口癖「物理的に信じられるか?」(物理、化学の先生?)
和尚  :小説の様なスーパーな存在ではない。(小説と同じ所は、金属額の大学の先生を知っている点のみ)
やべ先生:医者(脳、精神科医?)、大学の研究室の助手?
刑事  :昔ながらの直感タイプのデカだが、冷静な解析もする。
ケンのお父さん:冷静で、現実的なタイプ
ケンのお母さん:当時の教育ママ、ケンが可愛くてしょうがない。
消防士3名:異次元の世界に、りかとともに消える。

初日
リカが写真部の部活動中に、現像しようとカーテンを引いて暗くなった際に、異変を感じて倒れる。
→保健室で学校医が診察、身体に異常はないが、極端なヒステリー状態と表現。
 →脳波とか心電図を調べた方が良いと助言。
けん達(えみ、えみの女友達、ゆうさく)がリカを待っていた。
→リカはけん達を振り切るように帰る。
 →えみの女友達は「まるでジキルとハイドみたい」とリカの事を表現する。

2日目
リカは翌日、ショックで学校を休む。
→緑川先生が訪問した際に居留守を使う。
 →ケンがカメラの望遠レンズ越しにのぞき見し、居留守を使っていることを目撃。
緑川先生が、写真を現像すると、リカの写真のみが輪郭がぼけている事に疑問を持つ。
→ケンが緑川先生を盗み撮りした写真は正常に現像できた。
 →緑川先生は、「物理的に考えられない。」とつぶやく。

3日目
リカが学校に来る。
→ケンは、リカが嘘をついている事に対して、自問自答する。
学校の帰り道、大きな屋敷の前で、リカがケン達の前でヒステリー状態となる。
リカのつぶやき
「こんな所に・・・」
 「学校じゃなかったんだわ」
  「やってきた、とうとう始まった、銀色の予感、もう遅いんだわ」
緑川先生の自宅にケンとえみが訪問
→リカのヒステリー状態について、緑川先生に話す
 →緑川先生は写真の疑問について二人に話をする。
  →火事のサイレンが聞こえてくる。
火事の現場
→リカがヒステリー状態となった大きな屋敷が燃えている。
 →ゆうさくも見物に現れ、リカの件を噂する。

リカの自宅、リカと宮野氏の謎の会話
→二人の予測(リカ=学校、宮野=リカの自宅)が外れた
 →二人の予測の中間地点だったとは・・・。
  →りか「出来る限りの事はしなくては・・・。」

4日目
以上の様な下手な粗筋説明ですが、ご興味があるでしょうか・・・。
 

暁はただ銀色の

 投稿者:CAM  投稿日:2008年 8月 4日(月)22時15分30秒
返信・引用
  音源をお持ちということは、放映されたときTVから録音されたということですね。tomi様は本当にお好きなのですね。私は残念ながら原作のみしか知りませんが、謎の美少女も出てきて?大変気に入っています。だいたい「暁はただ銀色」という題名からして文学的な香が高いですよね。まあ今から考えると宇宙人を退治するために空中から殺虫剤?を散布するシーンなどもあり、「オイオイ人体に悪影響は無いのだろうね。」なんて考えてしまいますが。放送されたもののあらすじだけでも知りたいものです。かなり違うようですね。  

暁はただ銀色について

 投稿者:tomi  投稿日:2008年 8月 4日(月)00時07分41秒
返信・引用
  CAMさん、追ターさん、はじめましてtomiと申します。
久々にこのページをのぞいたら、
暁はただ銀色」の話題があったので、書き込みさせていただきました。

暁はただ銀色は、ほぼ全ての音源を持っており、
気が向くと、長時間移動の出張時に全話を聞き、元気を貰ってます。
*第5話の最初の5分ほどを、後日、誤って消してしまった事が、今でも悔やまれます。

原作と異なり、確かに公害問題を組み入れたストーリーになっています。
物語がすすむに連れ、主人公のケンの成長する姿が良いですね。
また、当時は中学を出ると就職する時代で、
「中学卒業=大人になる」時代であったことを思い出させてくれます。

実は原作は後から読んだのですが、
原作と少年ドラマシリーズでは構成が異なっておりました。
SFとしては原作が正しいと思いますが、
ジュブナイル作品としては少年ドラマシリーズの構成は良いと思います。
私は、この作品が当時から一番のお気に入りです。

では、失礼します。
 

テーマ

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月 3日(日)17時44分38秒
返信・引用 編集済
   考えてみれば「幕末未来人」も、過去へタイムスリップし歴史にふれ現代に戻って明日へとむかっていくという話でしたよね。最後に坂道を一歩一歩進んで行く和田の背中を今でもよく覚えています。

 「ママの卒業式」も、母親の戦時中の体験に触れ主人公の少女も一歩成長して学校を卒業して行くという話でしたよね。ただ「ママ」の場合は戦時中にタイムスリップしているのではなく母親の心の中を見ていたように記憶しています。

 こうやって見ると、上記の2作は「未来からの挑戦」のように歴史を実感して未来へつなげるというテーマですが、「幕末未来人」や「ママの卒業式」の場合は一連の物語が主人公の成長物語につながったのに対し、「未来からの挑戦」の場合は、「未来への挑戦はぼくたちの義務なんだ」という、行ってみれば現代人への課題のように受け取れるんです。それだけに受け取る側へのインパクトがいっそう強いんですよね。もちろん、前2作を否定しているのではありません。

 やはり、「未来からの挑戦」は傑作ですよ。リメイクの価値あると思うんですけどね。

 明日
 

(無題)

 投稿者:ひろくん  投稿日:2008年 8月 3日(日)00時36分35秒
返信・引用
  過去を変えることの是非は別として、過去がもし覗けるのなら、そこから学び、自分自身がよい方向へ変われればいいですよね。きれいなものを見て、純粋に美しいと思えたあの頃の自分を少しでも思い出せれば、今の自分はもう少しまともになれるのかもしれません。栄光塾的な思想は、現代でもわりとあったりするんだけど、飛鳥清明も未来人としての常識が、過去と接触することで変わっていき、逆に自分から未来へ挑戦しにいく気になったのですよね。

話は違いますが、8年ほど前にスーパー戦隊シリーズでタイムレンジャーというのを放映していました。これは未来人4人と現代人のタツヤという青年が悪と戦うストーリーで、最終回、未来人はタツヤと別れて未来へ帰っていきます。その時、これは決して別れではなく、タツヤが作る明日の延長線上で自分たちは生きているのだから、いつもつながっているのだというセリフに、えらく感動した覚えがあります。飛鳥があえて戻った未来社会で、自分は処刑されずにいまだに無事であるという証に、関耕治に残したペンダントを見て、なんだかあのセリフを思い出してしまいました。
 

未来からの挑戦の思い出

 投稿者:明日への追ター  投稿日:2008年 8月 2日(土)23時42分26秒
返信・引用
  「未来からの挑戦」なんですけど、途中から戦時中へタイムスリップしますよね。そして前半とはだいぶ雰囲気も変わります。戦時中で飛鳥と関はある少女と出会うのですがその少女は亡くなってしまいましたよね。あれは悲しかったですよね。

 追ターは長いこと、あの戦時中編は欲張りすぎの産物だと思っていました。しかし、今思うとあの戦時中編があったからこそ、「戦時中の悲劇を繰り返してはならない。それが未来への挑戦なんだ」というあのテーマが生きたのです。未来からの挑戦を受けた現代人が未来への挑戦者にならなくてはならないということだったのですものね。

 やはり、あのテーマは今だからこそリメイクするべきではないかって思うんですよね。今の小中学生にとって未来へ何を挑戦するべきかを問いかける作品はやはり必要なんではないかって思うんです。10代の人たちと接してみると、今の10代の人たちは真摯な問いかけに対し真摯に答えてくれる傾向はあるように思えるんです。それだけに、「未来からの挑戦」のような作品は貴重ですよ。

 偉そうなことを言っていますが、この追ター本放映で見た時、あの大事なテーマより電光パネルに魅せられていたんですよ。(苦笑)
 

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